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「その父賢にして、その子の愚なるものは稀(めずら)しからず。その母賢にして、その子の愚なる者にいたりては、けだし古来稀(まれ)なり」 わたくしは、かつてのわたくしの作「孟母断機」の図を憶い出すごとに、一代の儒者、安井息軒先生の、右のお言葉を連想するを常としている。 嘉永六年アメリカの黒船が日本に来て以来、息軒先生は「海防私議」一巻を著わされ、軍艦の製造、海辺の築堡、糧食の保蓄などについて大いに論じられ―― 今日の大問題を遠く嘉永のむかしに叫ばれ、その他「管子纂話」「左伝輯釈」「論語集説」等のたくさんの著書を遺されたが、わたくしは、先生の数多くの著書よりも、右のお言葉に勝る大きな教訓はないと信じている。 まことに、子の教育者として、母親ほどそれに適したものはなく、それだけに、母親の責任の重大であることを痛感しないではいられない。 息軒先生のご名言のごとく、賢母の子に愚なものはひとりもないのである。 昔から名将の母、偉大なる政治家の母、衆にすぐれた偉人の母に、ひとりとして賢母でない方はないと言っても過言ではない。 孟子の母も、その例にもれず、すぐれた賢母であった。 孟子の母は、わが子孟子を立派にそだてることは、母として最高の義務(つとめ)であり、子を立派にそだてることは、それがすなわち国家へのご奉公であると考えた。 それで、その苦心はなみなみならぬものがあったのである。
